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東京地方裁判所 昭和54年(ワ)1658号 判決

原告 サンオート株式会社

被告 株式会社武内工業所

主文

一  被告は、原告に対し、金二六五万五、五〇五円及びこれに対する昭和五五年三月一三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告に対し、別紙謝罪広告目録記載の内容の広告を同目録記載の要領で同目録記載の新聞に掲載せよ。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は被告の負担とする。

五  この判決は、一に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、三六五万五、五〇五円及びこれに対する昭和五五年三月一三日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

2  被告は、原告に対し、別紙謝罪広告目録記載の内容の広告を同目録記載の要領で同目録記載の新聞に掲載せよ。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  1につき仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、社名表示灯、手動式ドア、空車ランプ等タクシー、ハイヤー用品の製造販売業者であり、被告は、タクシー用社名表示灯の製造販売業者であつて、両者は競争関係にある。

2(一)  原告は、従来のタクシー用社名表示灯が自動洗車機による洗車の際に破損することと、台座と本体との接合部分から塵埃が侵入して汚れ易いという欠点のあることに着眼し、洗車の際ネジを外せばカバーと電球とソケツトがそつくり取り外せる構造で、かつ、カバーと底板との接合部分を密にして外部からの塵埃の侵入を防止することができる構造のタクシー用社名表示灯(以下、「原告製品」という。)を開発し、これを「ワンタツチで着脱できる」「ドライバーなしで簡単に着脱できる」社名表示灯と称して宣伝し、昭和五一年一一月から販売を開始した。

(二)  しかるところ、被告は、原告製品の需要が増大し、従来型の被告の製品の販路が次第に蚕食されていくことに焦慮し、原告製品の販売を妨害せんとして、昭和五二年一月から同五三年一二月頃までの間に左記(1)(2)(4)(5)の文書を全国のタクシー用社名表示灯の取引業者やユーザーであるタクシー業者に配付したり、左記(3)のとおり、業界新聞に全国のタクシー業者を名宛人とする「謹告」と題する広告を掲載したりしたほか、昭和五四年二、三月ころまでの間、口頭により右各文書等の内容を前記取引業者やタクシー業者に陳述流布した(以下、被告の右各行為をまとめて「本件行為」という。)。

(1) 「着脱式社名表示灯に関するパンフレツト送付の件」と題する文書

(記載内容の要旨)

「今般運輸省自動車局より昭和五二年一月二一日付をもちましてタクシー用表示灯について、法第四五条一項の表示灯は容易に脱着出来る装置のものの使用は認可しないとの通達を受けました。当社ではこの通達により洗車機用脱着式の表示灯の製造販売を一切中止致しました。今後脱着容易な表示灯は装着することが違法となりますし当然乍ら車体検査等に於いても否認されます。今後これを販売されますと販売店対ユーザー間にトラブルの起ることは必定ですので通達についてのパンフレツトをお送り申上げました。」

(2) 「KT式タクシー用品ニユースNo.522」と題する文書

(記載内容の要旨)

「お知らせ。取り外し容易な脱着式表示灯は使用することが出来ません。運輸省よりの通達によりましてKT式洗車機用脱着表示灯の製造及び販売は中止いたしました。」

「運輸省自動車局通達「タクシー業務適正化臨時措置法施行規則」第四五条第一項に基きタクシー用表示灯は容易に脱着できる構造のものは製造・販売及使用してはならない」

(3) 「謹告」と題する新聞広告(昭和五二年五月三日付東京交通新聞)

(記載内容の要旨)

「昭和五二年一月運輸省自動車局より「タクシー用表示灯(防犯灯)は容易に脱着出来る構造のものは製造、販売及び使用してはならない」との通達をうけました。弊社としましては、法規制の厳しいタクシー業界を対象として過去二十数年間にわたり、表示灯の販売をさせていただいております関係上お得位先各位に、いささかでもご迷惑のかからぬよう、早速この趣旨に従い、脱着式表示灯の製造、販売は中止致しました」

(4) 「KT式タクシー用品ニユースNo.536」と題する文書

(記載内容の要旨)

「タクシー用表示灯についてお知らせ。今後、取り外し容易な「脱着式表示灯」は使用することが出来ません。」

「運輸省自動車局通達(昭五二・一)「タクシー業務適正化臨時措置法施行規則」第四五条第一項に基きタクシー用表示灯は容易に脱着出来る構造のものは製造・販売及使用してはならない」

「左記の運輸省通達によりまして当社ではKT式洗車機用脱着表示灯の製造及び販売は中止いたしました」

(5) 「KT式タクシー用品ニユースNo.537」と題する文書

(記載内容の要旨)

「ご高承の如く当社に於きましては、新製品開発の一環としまして数年前より“工具等を使用しないで、誰にでも、自由に脱着することができる構造の社名灯”の研究、開発に努め全国向け発売の運び(一部販売済み)になつておりましたところ「昭和五二年一月運輸当局より(タクシー業務適正化臨時措置法施行規則第四五条第一項に基き)「タクシー用社名表示灯」は、簡単、容易に脱着の出来る構造のものであつてはならない」旨のご通告を受けました。当社は需要家各位にいささかのご迷惑も、お掛けすることの無いよう、万全を期しこれに該当する構造の社名灯は製造販売共、即刻中止しました。従いまして当社では今後共“脱着式”“ワンタツチ式”等と称する類の「取り外し容易な構造の社名灯」……は、ご註文をお引受けすることができません」

(以下、(1)、(2)、(4)、(5)の文書をそれぞれ「(1)の文書」、「(2)の文書」、「(4)の文書」、「(5)の文書」といい、まとめて「本件文書」という。(3)の広告は「本件広告」という。)

3  被告の本件行為は、不正競争防止法第一条第一項第六号に該当する。

その理由は次のとおりである。

(一) 原告と被告は前記の如く競争関係にある。

(二) 本件文書及び本件広告には次のような虚偽の事実が記載してある。

すなわち、

(1) 取り外し容易な脱着式表示灯は一切使用できない旨の通達ないし通告が運輸省ないし運輸省自動車局から出された事実がないにもかかわらず、(1)ないし(5)の各文書及び本件広告には右趣旨の通達ないし通告が出された旨記載されている。

(2) タクシーの社名表示灯は、タクシー業務適正化臨時措置法第四五条、同法施行規則第二九条により車体の屋根部分に装着することを義務づけられているものであるが、右に装着とは、社名表示灯を自動車の走行により脱落しないように取り付けることであり、それを取り外すのに手数のかかる方法で取り付けることを要求しているものでないことは右法令の立法趣旨からいつて当然のことなのである。そして、原告製品は、指先で廻すネジ一個とドライバーで廻すネジ一個を取り外すことにより社名表示灯の本体(カバーと電球とソケツトを一体に構成したもの)を台座から離脱できる構造のもので、ネジを締めてある限り社名表示灯の本体が車体から脱落する恐れは全くなく、これを取り付けた状態が右法令にいう装着にあたることは、既に原告製品発売後本訴提起に至るまでの三年余の間、各地の陸運事務所の車体検査において何ら問題とされていないことや運輸省自動車局からも法令違反であるとの指摘がなされた事実がないことからも明らかである。にもかかわらず、(1)の文書には「今後脱着容易な表示灯は装着することが違法となりますし当然乍ら車体検査等に於いても否認されます。今後これを販売されますと販売店対ユーザー間にトラブルの起ることは必定です」と記載されているほか、(2)、(4)、(5)の各文書及び本件広告には脱着式表示灯が法規に反するものであるかの如き記載がなされている。

(三) 被告の本件行為により、原告製品があたかもタクシー業務適正化臨時措置法第四五条、同法施行規則第二九条に違反し、運輸省ないし運輸省自動車局の通達ないし通告によりその使用が禁止されたものであるかの如き印象をタクシー用社名表示灯の取引業者及びタクシー業者に与え、もつて原告の営業上の信用が害された。

4(一)  原告は、被告の本件行為により、被告が陳述流布したような通達ないし通告が出された事実がないこと及び原告製品が法規に反するものではないことをタクシー用社名表示灯の取引業者やタクシー業者に説明し、納得してもらうため、通信費、交通費、宿泊費、宜伝広告費、調査費として合計六五万五、五〇五円の出費を余儀なくされた。

よつて、被告は、原告に対し、不正競争防止法第一条の二第一項に基づき、右損害を賠償する義務がある。

(二)  また、被告の本件行為により、タクシー用社名表示等の製造販売業者である原告の社会的評価が著しく毀損された。これによる原告の無形損害は三〇〇万円と評価するのが相当である。

よつて、被告は、原告に対し、民法第七一〇条に基づき、右損害を賠償する義務がある。

(三)  よつて、被告は、原告に対し、三六五万五、五〇五円及びこれに対する昭和五五年三月一三日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

5  原告は、被告の本件行為により前記の如く営業上の信用を害された。

よつて、原告は、被告に対し、不正競争防止法第一条の二第三項に基づき、営業上の信用を回復するに必要な措置として、別紙謝罪広告目録記載の内容の広告を同目録記載の要領で同目録記載の新聞に掲載することを求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1は認める。

2  同2(一)のうち、原告がネジをゆるめればカバーと電球とソケツトがそつくり取り外せる構造の表示灯を発売したことは知つているが、その余の事実は知らない。

同2(二)のうち、被告が原告主張の文書を昭和五二年二月から昭和五四年二月までの間に全国の取引業者やタクシー業者に配布したり、原告主張の広告を新聞に掲載した事実はあるが、その余の事実は否認する。

3  同3、4、5は争う。

三  被告の主張

1  被告が本件行為をなすに至つた経緯は次のとおりである。

(一) 従来、被告が製造販売していた社名表示灯は、固定式、すなわちその灯部と台座とを四本のネジで締付け固定させる形式のものであつたが、洗車機の普及にともない、固定式であると洗車機による洗車の際に取り外しが不便で邪魔になるとか、あるいは車庫の天井に当るなどの理由で簡単に脱着できるものに改造できないか、とのユーザーの要望が多くなつてきたため、被告は、昭和五一年初めに脱着式製品を開発し、特に注文を受けたユーザーに対し、これを販売していた。また、被告の販売代理店である訴外日立興業株式会社は北海道及び本州各地において、同じく訴外株式会社ニシベ計器製作所は九州地方及び中国地方において、それぞれ被告の固定式社名表示灯を脱着式に改造した製品を相当数販売していた。

(二) そして、昭和五一年一一月末頃、脱着式製品を本格的に製造販売することを計画し、「KT式ワンタツチ脱着装置もうすぐ新発売 昭和五二年五月予定」と記載した「KT式タクシー用品ニユースNo.521」と題するパンフレツトを発行し、これを昭和五二年一月頃全国各地のユーザーに配布した。

(三) しかしながら、被告は、過去にタクシーの防犯灯に関して警視庁防犯課を介して運輸省当局と交渉をした先例があることや、業界における被告のシエアーが高いこと、タクシーが認可事業であること、将来脱着式の社名表示灯が違法とされた場合には被告の信用が失われてしまうこと、それに脱着式の社名表示灯を本格的に製造するためには多くの金型を製作しなければならず、総額二、〇〇〇万円程度の投資となるので、違法とされた場合の莫大な損害を無視できないこと等の事情を考慮して、被告の経営方針を決定するため、昭和五一年一二月六日に被告の総務部長広澤禎一が運輸省自動車局整備部車両課基準係長中山寛治及び同局旅客課法務係長伊藤忠男の両名に面会し、「タクシー用社名表示灯任意脱着の可否についての質問」と題する書面(乙第三号証の二)を提出して脱着式社名表示灯につき法規上の是非その他の意見を求めたのである。その結果、同月一三日に右中山基準係長より、脱着容易な方式の表示灯は駄目である(装着義務違反)との明確な回答を得た。

(四) そこで、被告は、同月二七日、前記運輸省の車両課に対して、改めて「脱着式タクシー用社名表示灯の件と題する書面(乙第三号証の三)を送付し、前記回答をユーザーに伝達するために業界新聞や広告に掲載すること及び掲載事項の文案に関して当局の意見を求めたところ、昭和五二年一月二一日、前記中山基準係長より、重ねて「容易に脱着できるものは駄目である」「広告については被告自身が処理することである」との回答を受けた。

(五) 右解答を得た結果、被告としては脱着式の社名表示灯は不適法なものであると確信し、脱着式製品の販売を中止するとともに、前記販売代理店による改造品の販売の中止を知らせ、かつ被告の本格的な脱着式社名表示灯の製造販売の予告を取消す必要があることから、また、販売済の改造品等の回収をはかり、脱着式社名表示灯の購入を希望するタクシー業者等に前記回答の趣旨を知らせる必要があることから、昭和五二年二月以降、前記回答の要旨を掲載した原告主張の文書を作成し、これをタクシー用社名表示灯の取引業者やユーザーであるタクシー業者に発送するとともに、業界紙である東京交通新聞に原告主張の広告を掲載することにしたのである。

なお、被告は、運輸省自動車局の見解は口頭でなされたものでも「通達」というと理解していたが、昭和五三年七月頃、被告訴訟代理人から口頭による回答の場合は「通達」と表示すべきでない、との示唆を受けたので、同年七月以降に発行した文書においては、すべて「通告」と訂正し、本訴が提起された後には右文書の配布も取りやめている。そして、昭和五四年三月になつて、東京陸運局の見解により、脱着式のタクシー用社名表示灯も適法であることを知つたので、改めて脱着式製品の製造販売を企画し、同年四月以降本格的に脱着式のタクシー用社名表示灯を製造して、これを販売しているのである。

2  以上の経緯から明らかなように、被告の本件行為は、被告の経営方針を決定するために運輸省の係官と接衝した結果得た前記回答に基き、前記販売代理店による改造品の販売の中止を知らせ、かつ被告の本格的な脱着式社名表示灯の製造販売の予告を取消す必要があることから、また、販売済の改造品等の回収をはかり、被告に対し脱着式社名表示灯の購入を希望するタクシー業者等に前記回答の趣旨を知らせる必要があることからなしたものであつて、原告製品を対象としたり、原告製品の販売の妨害を意図したものでないことは明らかであり、また運輸省係官の見解は口頭によるものであつても「通達」というと理解していたのであるから、被告には本件行為をなすにつき不正競争防止法第一条の二第一項及び民法七〇九条にいう故意はもちろん過失さえない。よつて、原告の本訴請求はいずれも棄却せらるべきである。

第二証拠関係〈省略〉

理由

一  原告と被告が競争関係にあること、被告が昭和五二年二月から昭和五三年一二月頃までの間に、全国のタクシー用社名表示灯の取引業者やユーザーであるタクシー業者に本件文書を送付するとともに本件広告をなしたこと、本件文書及び本件広告には原告主張の如き内容が記載されていることは、いずれも当事者間に争いがなく、原告代表者の尋問の結果によれば、被告は口頭により本件文書等の内容を前記取引業者等に陳述流布していたことが認められ(なお、期間の点は除く)右認定を左右するに足る証拠はない。

二  成立について争いのない甲第三号証の一ないし三、乙第三号証の一ないし三、第四号証の一・二、証人広沢禎一の証言前記当事者間に争いのない事実及び前記認定の事実並びに本件口頭弁論の全趣旨によれば次の事実が認められ、これを覆えすに足る証拠はない。

(一)  被告の総務部長広沢禎一が昭和五一年一二月七日頃、運輸省自動車局整備部車両課基準係長中山寛治、同局旅客課法務係長伊藤忠男の両名と面会して、「タクシー用社名表示灯 任意脱着の可否についての質問」と題する書面(乙第三号証の二)を提出して、「脱着式」すなわち簡易かつ容易に取り外しができる社名表示灯について、タクシー業務適正化臨時措置法、同法施行規則につき法令上の是非その他の行政指導を求めたのに対し、右両名が同月一三日頃、容易に脱着できる社名表示灯で、走行中脱落の危険性の高いものはタクシー業務適正化臨時措置法第四五条一項の「装着」したものには該当しない旨口頭で回答した事実と、同月二七日頃、被告が運輸省自動車局車両課宛に送付した「脱着式タクシー用社名表示灯の件につき」と題する書面に対し、昭和五二年一月二一日頃、前記中山係長が前同趣旨の回答を口頭でなした事実はあつたものの、取り外し容易な脱着式社名表示灯は一切使用できない旨の運輸省の通達が出された事実や運輸省あるいは運輸省自動車局等から公的な見解として右趣旨のことが一般的に示された事実はなかつたこと、しかるに、(1)の文書には運輸省自動車局よりタクシー用表示灯について容易に脱着出来る装置のものの使用は認可しないとの通達を受けました」と、(2)及び(3)の文書には「運輸省自動車局通達」として「タクシー業務適正化臨時措置法施行規則第四五条一項に基きタクシー用表示灯は容易に脱着できる構造のものは製造、販売及び使用してはならない」と、本件広告には「運輸省自動車局より「タクシー用表示灯(防犯灯)は容易に脱着出来る構造のものは製造、販売及び使用してはならない」との通達をうけました」と、また(5)の文書には「運輸当局より(タクシー業務適正化臨時措置法施行規則第四五条一項に基き)タクシー用社名表示灯は、簡単、容易に脱着の出来る構造のものであつてはならない旨のご通告を受けました」とそれぞれ記載されていること

(二)  タクシー業務適正化臨時措置法第四五条第一項は「一般乗用旅客自動車運送事業を経営する者は、その事業の用に供する自動車で指定地域内の営業所に配置するものに、運輸省令で定めるところにより、タクシー又はハイヤーである旨の表示その他の一般乗用旅客自動車運送事業の業務の適正化のために必要と認められる運輸省令で定める表示事項又は装置を表示し、又は装着しなければならない」と規定し、これを受けて運輸省令である同法施行規則の第二九条第二項は「法第四五条第一項の運輸省令で定める装置は陸運局長が指示するタクシー以外のタクシーにあつては、「タクシー」、「TAXI」、タクシー事業者の名称若しくは記号、「個人」(個人タクシー事業者のタクシーに限る。)又はタクシー事業者が所属する団体の名称若しくは記号を、陸運局長が指示するタクシーにあつては、その指示する事項を表示した表示灯とし、別表の例により装着するものとする。」と規定して表示灯の装着を義務づけているとともに、別表において、自動車の屋根の中央部に表示灯を装着した図を示して、表示灯の設置場所を限定しているが(なお、同表には、注(2)として、「表示燈は、自動車の屋根の上に自動車の前後から見易いように装着すること」との記載がある。)、表示灯の構造やその取付方法について何らかの限定を加えるべきことを規定した法規はなく、右規定の趣旨からして、走行中脱落しないように自動車の屋根に装着されている表示灯であれば、洗車時等に脱着できる構造のものであつても右規定に違反するものではないと解され、当時この解釈のもとに運輸省の行政指導が行なわれていたことは、前記運輸省係官の回答及び脱着容易な表示灯である原告製品を装着した自動車(タクシー)が法規による車体検査において違法と指摘された事実がないことによつて明らかであるにかかわらず、本件文書及び本件広告には、「今後脱着容易な表示灯は装着することが違法となりますし当然乍ら車体検査等に於いても否認されます」((1)の文書)とか、「取り外し容易な脱着式表示灯は使用できません」((2)及び(4)の文書)など、取り外し容易なタクシー用社名表示灯は法規に違反するものであるかのような記載がなされていること

三  そして、前掲乙第三号証の一ないし三、第四号証の一・二、成立について争いのない甲第一号証の一ないし四、第二号証の一、二、乙第七号証の一ないし四、第八号証の一・二、第九号証、第一〇号証の一ないし五、第一一号証及び証人広沢禎一の証言、原告及び被告各代表者尋問の結果並びに本件口頭弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められ、これを覆えすに足る証拠はない。

(一)  被告と競争関係にある主なタクシー用社名表示灯の製造業者は原告だけであり、全国で被告が九〇パーセントないし九五パーセントのシエアーを占め、原告が五パーセントないし一〇パーセントのシエアーを占めていること

(二)  原告は、指先で廻すネジ一個とドライバーで廻すネジ一個を外せばカバーと電球とソケツトが一体として取り外せる構造のタクシー用社名表示灯を開発し、これを「ワンタツチで着脱できる」「ドライバーなしで簡単に着脱できる」社名表示灯と称して宣伝し、昭和五一年一一月から販売を開始したこと

(三)  原告が右表示灯の販売を開始した時点においては、被告は従来の固定式のタクシー用社名表示灯しか販売しておらず、わずかに被告の販売代理店である訴外日立興業株式会社がタクシー業者からの希望があると固定式の被告製品を脱着の容易な構造に改造して、販売していた事実があるだけで、その販売地域も北海道の他極く一部の地域に限られ、その販売数量も多くはなかつたこと

(四)  被告は、昭和五二年一月一日付発行の被告の宣伝用文書(パンフレツト)「KT式タクシー用品ニユースNo.521」に、従来の被告の社名表示灯を五分~一〇分で簡単に脱着式に変えることのできる部品として「KT式ワンタツチ脱着装置」を昭和五二年五月に発売する予定である旨を記載して昭和五二年一月頃全国のタクシー用社名表示灯の取引業者やユーザーであるタクシー業者に送付しているが、右脱着装置は脱着の容易な表示灯そのものではなく、したがつて、右文書も脱着の容易な表示灯そのものの発売予定を知らせる文書とは解し難いこと

(五)  前記二(一)で認定したように、被告の総務部長広沢禎一は、被告作成の「タクシー用社名表示灯 任意脱着の可否についての質問」と題する書面を運輸省係官に提出して、「脱着式」すなわち簡易かつ容易に取り外しができる社名表示灯について法令上の是非その他の行政指導を求めたわけであるが、右書面には右質問をなす動機の一つとして「最近になつて当社以外のメーカーが、この脱着式に目をつけ、洗車装置のあるタクシー会社を巡回し、売り込みを始めました。この為にタクシー会社から「どうしても貴社で脱着式をやらぬなら、他のメーカーから売りに来ているので、そちらから購入する」というような事まで言われる始末になつてしまいました。」「他メーカーにて発売されました今日、既に数社がこの脱着式を装備しており、当社に於ても之を発売せざるの止むなきに至つている現状です」との記載があり、右記載と前記(一)ないし(三)によれば、被告は原告が脱着式のタクシー用社名表示灯を販売し出したことに相当な関心をもつていたこと

(六)  前記二(一)で認定したように、被告の質問に対して運輸省の係官が「容易に脱着できる社名表示灯で、走行中脱落の危険性の高いものはタクシー業務適正化臨時措置法第四五条第一項の「装着」したものには該当しない」と口頭で回答したにもかかわらず、被告がその後運輸省自動車局整備部車両課宛に送付した「脱着式タクシー用社名灯の件につき」と題する書面には「先に提出致しました「タクシー用社名表示灯 任意脱着の可否についての質問」につき貴課より「脱着式はだめである」との御回答を戴きました。つきましては、現在脱着式を希望するタクシー業者が居りますが、法令に基づき運輸省に於ては不許可の方針であるむね伝達致し度く」、との記載がなされていること、そして、前記二(一)で認定したように運輸省係官が再度前同趣旨のことを口頭で回答したにもかかわらず、被告は本件行為をなしていること

(七)  右「脱着式タクシー用社名表示灯の件につき」と題する書面には、付則と題して「なほ一部の業者に於ては任意脱着式社名表示灯を製造及び販売して居ります。当社に於て任意脱着式社名表示灯は昭和五二年五月をめどとして販売致す予定をして居りましたが貴課よりの不許可の通知を受けましたので製造及び販売は致しませんが一部の業者が製造及び販売しております関係上タクシー業者より問題が起りかねませんので、何んらかの法的措置か通達を出して戴き度く御願い申し上げます。」と記載されており、右記載からすると、被告は運輸省係官の前記第一回目の回答を「通達」とも「法的措置」とも理解していなかつたことが窺われること

(八)  被告が全国のタクシー用社名表示灯の取扱業者やユーザーであるタクシー事業者に送付した本件文書の数は、各文書につき三、〇〇〇部ないし四、〇〇〇部であつたこと

(九)  (2)の文書中には「KT式脱着表示灯の回収について」と題して「当社ではメーカーの信用と責任におきまして、すでにKT式脱着表示灯を購入、ご使用中の方々に対しましては、従来の固定式表示灯と無償交換をいたします。至急お買求めの販売代理店又は当社へご一報下さい。」との記載がある他、(3)の本件広告にも、(4)及び(5)の文書にも同趣旨の記載があり、被告は昭和五二年二月から少なくとも約一年一〇か月間にわたつて被告が製造したKT式脱着表示灯の回収につとめたかの如くであるが、前記(三)で認定したとおり、被告は右各文書を全国の取引業者等に送付していた当時KT式脱着表示灯なるものは販売しておらず、わずかに被告の販売代理店である訴外日立興業株式会社において、被告の固定式の製品を脱着の容易な形式に改造したもの販売していた事実があつたにすぎず、しかも販売地域は北海道の他は極く一部の地域に限られ、特に希望するタクシー業者だけに販売していた関係で販売量も多くなかつたことや、前記(八)で認定したとおり、送付した文書の数が多く、しかも全国の取引業者等に対してなされていること、さらには被告は回収したとする右改造品の数さえ明確に把握していないことからすると、被告が本件行為をなした主たる目的の一つが脱着式の表示灯の回収にあつたとは認め難いこと

(十)  前記(四)及び(八)で認定した事実と被告が本件文書を送付したりした期間が昭和五二年一月から少なくとも一年一〇か月余りだつたことからすると、被告が本件行為をなした主たる目的の一つが販売代理店による改造品の販売の中止や被告の本格的な脱着式社名表示灯の製造販売の予告の取消しを知らせる点にあつたとは認め難いこと

四  右二及び三で認定した事実を総合すれば、本件文書及び本件広告においては、被告と競争関係にある原告の営業についての虚偽の事実の記載がなされているものというべきであり、右事実は原告の営業上の信用を害するものであることが明らかであるから、被告の本件行為は不正競争防止法第一条第一項第六号に規定する他人の営業上の信用を害する虚偽の事実の陳述流布にあたるものというべきである。そして、右三で認定した各事実を総合すれば、被告の本件行為が故意に、あるいは少なくとも過失によりなされたものであることが認められる。

なお、被告は、被告の本件行為は運輸省の係官と接衡した結果得た回答に基き、販売代理店による改造品の販売の中止を知らせ、かつ被告の本格的な脱着式社名表示灯の製造販売の予告を取消す必要があることから、また、販売済の改造品等の回収をはかり、被告に対し脱着式社名表示灯の購入を希望するタクシー業者等に前記回答の趣旨を知らせる必要があることからなしたものであつて、原告製品を対象としたり、原告製品の販売の妨害を意図したものではなく、また、運輸省係官の見解は「通達」というものと理解していたのであるから故意はもちろん過失さえない旨主張するが、前記認定の事実に照らし右主張はこれを首肯することができない。

五1  原告代表者尋問の結果及び右尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第五号証の一及び二の各一・二、第五号証の三の一ないし一〇、第五号証の四、第五号証の五の一・二、第六号証の一の一ないし三、第六号証の二の一・二、第六号証の三の一ないし七によると、原告は、被告の本件行為により原告製品の売上が減少したため、被告が陳述流布したような通達ないし通告が出された事実がないことや、原告製品が適法なものである旨をタクシー用社名表示灯の取引業者やユーザーであるタクシー業者に説明し、納得してもらうために、電話使用料等の通信費、宣伝広告費、右取引業者等のところに出向いた際の交通費、宿泊費、被告の本件行為についての調査費として合計七九万三、八七四円の出費をなしたことが認められ、右は被告の本件行為と相当因果関係のある営業上の損害というべきであるから、本訴請求中、右出費のうち六五万五、五〇五円の損害賠償を求める請求部分は理由がある。

2  以上認定の事実からすると、被告の本件行為により、原告の営業上の信用、名誉が毀損せられ、原告が無形の損害を蒙つたことが認められる。そして、被告の本件行為の内容、特に虚偽事実の内容と本件文書の配布を始めた時期、配布した期間等を総合すると、原告の右無形損害は二〇〇万円と評価するのが相当である。

3  よつて、原告の被告に対する損害賠償請求は、被告に対し右1の六五万五、五〇五円及び右2の二〇〇万円合計二六五万五、五〇五円及びこれに対する不法行為の後である昭和五五年三月一三日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当である。

六  被告の本件行為により、原告の営業上の信用が害されたことは、前記認定の諸事実によつて容易に認定でき、被告の本件行為の態様からして、原告の営業上の信用を回復するためには、被告に対し、謝罪広告を命ずることが相当であるものと認められるところ、その内容は別紙謝罪広告目録の内容及び掲載要領をもつて相当とする。

八  以上の理由により原告の本訴請求は、被告に対して、損害賠償として二六五万五、五〇五円及びこれに対する昭和五五年三月一三日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分及び別紙謝罪広告目録による謝罪広告を求める部分において正当であるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条但書の規定を、仮執行の宣言につき同法第一九六条の規定をそれぞれ適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 牧野利秋 野崎悦宏 川島貴志郎)

謝罪広告目録

一 広告の内容

脱着式社名表示灯についてお詫び

タクシー社名表示灯について、先年当社は取り外しが容易な脱着式社名表示灯は違法であつて、使用を許されない趣旨の運輸省通達若しくは通告があつた旨ユーザー各位に通知しましたが、右通知は誤つていましたので訂正致します。即ち昭和五一年一二月運輸省の担当者より示された見解は「容易に脱着できる社名表示灯で走行中脱落の危険性の高いものは法規に違反する」という趣旨のものであります。従つて脱着が容易であつてもネジによつて車体に固く止められ走行中に脱落する危険の高くないものは、法規に適合し、その使用はなんら違法ではないということであります。

右のような当局の見解を誤り伝えるような宣伝をしユーザー各位に無用な不安を与え一部メーカーに御迷惑をかけたことをお詫び致します。

昭和  年 月 日

東京都港区南麻布一丁目八番二二号

株式会社  武内工業所

代表取締役 武内金弥

ユーザー各位 殿

二 掲載の要領

(一) 使用活字の大きさ

(1) 会社名、代表取締役の氏名、標題 二倍活字

(2) その他(日附、住所、代表取締役の文字、本文)一・五倍活字

(二) 掲載箇所 第一面下部三段

三 掲載の新聞 日刊自動車新聞

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